ケンメリレポート ’02年06月
30日
本日は茨城の某所においてあるミゼットの様子を見に行く。
お近くにお住まいの330セド乗りプラ大塚さんをお呼び立てしてミゼットの元へ。
天候も悪そうだったのでR33で・・・と思ったのだが、乗れるウチが華、というのを思い出してケンメリで出発。
曇り空ではあるが、雨は降っていない。
首都高に入り、要人警備の機動隊を横目にのんびり走る。
1時間もかからず待ち合わせ場所に到着してしまい、しばしケンメリの中で待機する。
到着してから1時間ほど経過した頃にプラさん登場。
後ろからついていき、途中でホームセンターによる。
雑貨を購入し、ミゼットの元へ。
約1年ぶりの再開となったわけだが、ケンメリ同様、クモの巣が張ってあった。さすがに、放置時間が長いせいか
巣の規模はケンメリの比ではなかったが(汗)
プラさんが先ほどホームセンターで購入したバッテリーをつなげてミゼの始動を図る。
長めのクランキングの後に久しぶりにミゼットのエンジンに火が入った。
ブレーキの張りつきも無く、クーラーのガス漏れさえなかった。ひとえにプラさんが時折見てくれていたおかげだろう。
調子に乗って、駐車場の周囲を一周してみる。懐かしい。
ミゼの様子を見た後は千葉方向へ向かう。プラさんに千葉の某ヤードを案内してもらい営業車マニヤのYさんを紹介してもらう。
しばし、ヤードであそばせてもらった後に、ファミレスへ。
食事が終わる頃には、天候のほうも怪しくなったのでその場で解散。
東関道から、首都高へ。首都高に入る頃には既に雨足は弱くなかった。
スピンの恐怖もあるので、走行車線をゆっくりと行く。レインボーブリッジを渡ったあたりでいつもの渋滞に遭遇。
びくびくしながら、コーナーを曲がっていくと、追い越し車線を白いロードスター(ハードトップ)が追いぬいていった。
アレくらいの安定感が欲しい。その前に腕を磨くか。
地元の出口まで到着し、首都高を降りる。
駐車場に停めて、走行距離などを手帳に記録しケンメリを降りる。雨筋の汚れがシマウマの模様のようについているケンメリに
やや、申し訳無いと思いつつ家に帰った。
明日は車検だ。
28日
本日は久しぶりに大黒PAに行く。
前回はスピンという強烈な思い出があるが、今日は雨も降ってないし、大丈夫だろうということで出発。
先にガスを入れるのでGSへ行くと、スタンドのお兄さんが話しかけてくる。
「ケンメリですか〜渋いですね〜自分、ジャパン乗ってたんですよ〜。その後S30、R30,R31,R33って乗ってきたんです」
なかなかすばらしい履歴の持ち主である。現在は維持費の関係でパルサーに落ち着いてるとのこと。
ケンメリ談義の傍ら、助手席後ろのクオーターウィンドウにクモの巣が張ってあったのを見逃さない。
一生懸命取るがスパイダーマンよろしく右腕にクモのいとが絡まって、せっかくの旧車談義も滑稽な物となる。
しかもクモの巣の主人はそそくさと窓の隙間に逃げてしまい、明日辺り、また巣が構築されてるような気がする。
ガソリンを入れ終わり、走り出すと11日ぶりだったせいかバックファイヤがけたたましく響く。
例によって環8から第三京浜へ入る。後ろからエルグランドが執拗に煽ってくる。
DQNの相手などしてられぬと、アクセルを踏みこむと加速・・・・はするのだが、多量の煙がバックミラーで確認できた。
いきなり恐くなったので、慌てて追い越し車線から走行車線へ。
やはりオイルが一緒に燃えていると考えるのが普通だろう。
100km/hの速度を保ちつつ、保土谷の料金所をに差し掛かる。
料金所を過ぎ、大黒方面へ走る。神奈川線の料金所を過ぎるとまさしくスピンをした現場へと向かう。
レインボーブリッジへの分岐点を示す看板が見え、右方向へ。まさしくここ。
ギヤを4速に落とし、ゆっくりとブレーキを踏み速度を殺す。ちゃんと曲がっているのだが、恐怖は拭い切れない。
慎重を規したコーナーリングで事無きをえて、その後もトラックと同じくらいの速度でゆっくりと走る。幸い後続の車も無い。
その後大黒PAに到着。先に到着しているシルバーのケンメリのJunさんと挨拶。
そう、今日も某巨大掲示板の集まりに参加しに来たのだ。
車種を問わず集まった車は様様。ロータスエスプリもいれば、軽もセダンも・・・・その中でやはり旧車は目立つらしく
やや注目を集めてしまった。
掲示板のロゴのステッカーを作っている名無しの狐さんから、ステッカーをいただき、早速ダッシュボードへ置く。
何か?(笑)
相変わらずの喧騒具合が大黒らしいといえばらしい。しかし、駐車場を占拠することで長距離トラックの方たちに迷惑をかけている事実は
やはり反省すべき点かもしれない。
展示会さながらの白線を無視した駐車方法でトレーラーエリアを占拠している某チューニングショップと迷惑度は同じだろう。
定時になると掲示板オフ参加の車両が一斉にハザードを点灯させる。その光景はなかなか壮観である。

普段だったらあまり見れない車を一通り鑑賞し、途中から来たジャパンのとまやんさんも合流。
程なくしてJunさんがお帰りになり、オフ参加者も次々と引き上げていく。
我々も引き上げ、久しぶりに天下一品ラーメンに向かう。
図らずもラーメンオフとなって幕を閉じた今回のオフ。機会があればまた参加してみようと思う。
17日
本日は横浜の友人宅へ向かう。
家からだと第3京浜を通っていくのだが、夕方にもかかわらずそこまでの道はさほど渋滞もしていない。
ガソリンも少ないので、省エネ走行・・・といいつつ、気づけば追い越し車線を走ってる俺。
軽快に走る傍ら、スピンの恐怖はやはりまだぬぐえない(雨は降ってないけど)。
追い越し車線なのでしばらく走っていると、ふぃと川崎ナンバーの新型セルシオが目の前に入ってきた。
タイミング的には少し急ではないか?と思えるくらいだが、クラクションを鳴らすほどでもない。
で、しばらくは後ろについて走っているが、後ろから見ていると車線をまたぐ、時折ふらつく、かと思えば急にスピードを上げてみたり、
オービスのカメラを見つけてブレーキを踏まれたり(ブレーキを踏むような速度で走るな!)
はっきり言って、近くにいたら危険な予感がしたので、そそくさと走行車線へ戻る俺。
おかげで、安全走行に戻ることができた。
料金所を過ぎて、ほどなく走っていき友人宅へ到着。前回はかなり迷ったが今回は少しだけしか迷ってない(道覚えろよ)
で、用事を済ませそろそろ帰ろうか・・・という頃に、外で音が。
雨粒が地面を叩く音だった。
まずい、また雨だ!
この時期雨に泣かされることは少なくないが、それにしてもよく降る。
逆に雨にかこつけて洗車を怠ってる自分もいるのだが、雨の日のドライブはあまり心地良いものではない(グリップするタイヤなら平気だが)
幸い、気温はさほど高くない(むしろ梅雨寒)ので、窓を閉めっぱなしでもそれほど不快感はなく、無事に家に帰ることができた。
すっかり汚れてしまってケンメリを見て、次の休みの日は絶対洗車だ!と心に誓うも実はこれを書いている本日(休みの日ね)、午後から雨なんだよね・・・・(鬱)
16日
実に10日以上のブランクが開いてしまったケンメリドライブ。
と言っても今日はドライブではなくお見舞い。
家族を乗せて某医大病院へ・・・・
久しぶりに乗ったせいか、窓のところにクモの巣が・・・・(恥ずかしい)
洗車してやりたいが、なかなかすんなりと行かないのが現状。
車検入庫前にぜひ、洗いたいのに・・・・・。
4日
先日のスピンから実に半月ぶりくらいだろうか。
諸所の事情があって乗る機会を逸していたが、本日は深夜勤務の為に昼間はほとんど暇である。
この余暇を利用してかねてより計画していたケンメリの履歴証明を取るべく管轄の陸運事務局へ向かうことにした。
しかし、手にはR33のキーが握られていた。
「だって、暑いし雨降りそうだし、場所がいまいちわかりにくいからナビあったほうが便利じゃん」
鉄拳制裁モノの戯言である。
しかしながら、こう考えていたのは嘘ではない(おい)
ケンメリの車検証を取るべくケンメリのドアを空けてバックポケットを探る。あった。
しかし、これを手にしたときにだんだんケンメリに乗りたくなってきた。いや、ケンメリで行かなければならないような気さえした。
ケンメリの過去を調べるのに、ケンメリ以外の車で行くのが急に嫌になったのだ(でも、それ以前に行こうとしたときはミゼットで行こうとしてたけど)
そんなわけで、R33のキーはポケットにしまってケンメリ発進。
とりわけ最近はR33に乗ってばかりだったせいか、ケンメリに乗るのに新鮮な感覚すら覚える。(いかにケンメリから離れていたかが如実に現れた瞬間でもあったりして)
ゆっくりとクラッチをつなぎ動かすと、今まで全然意識したなかったのだがR33よりだいぶ軽いことに改めて気づく。
発進するときの感覚がR33と全然違うのだ(R33はもっさり系?)
前に奥多摩ツーリングの際にR34GTRのskylineさんがワイン工場にてケンメリを試乗した際に
「軽いですね〜」
と言っていたのを思い出した。
そして、ブレーキ。
R33の方が効きがよいと思っていたが、やはりそこは4ポット。こちらのほうがぴたっと止まる(もちろん、同じ道路、同じ速度で試したわけではないけど)
改めて気づくケンメリの(?)魅力。
窓を空けて、一路陸事を目指して走る!
全開にした窓に肘をかけて、のんびりと流していると、肘に何かがあたった。
?
次にフロントウィンドウにも何かが付着した。
水だ。
水滴は次第に断続的なものとなり、それは雨となっていった。
早速窓を閉め、送風のみのファンをまわす(クーラーキボンヌ)
生暖かい風が余計に湿度を高める。
徐々に路面がぬれていき、だんだんとスピンの恐怖が思い出される。
そ、そうだ、リラックスの為にMDでもかけるか。
MDから流れてきたのは椎名林檎。スピンしたときと同じディスクがそのまま入っていた。
状況はそろった(激汗)
空いてる道でもなければ、くねくね曲がる道でもないのでスピンの可能性は極めて低いのだが精神的な部分では若干すべり気味である。
陸事に入るときも曲がる場所を一本間違え、途中でUターンをしたのだがこっちがUターンしてるにもかかわらず、車間を思い切り
近づけてきたおばはんセレナに殺意を少々覚える(Uターンしてる俺が悪いんだけど)
やっとの思い出陸事に到着。
雨のほうも小ぶりになり、ケンメリのナンバー取得後実に4年ぶりの再訪である(前の仕事でもここには来てない)
受付で履歴証明を取りたい旨を伝えると千円分の印紙と規定の書類に記入して持ってくるように言われた。
いよいよ、ケンメリの過去がわかる瞬間である。
気持ち的には結婚する相手の調査みたいな気もしなくもないが、なによりケンメリが最初は誰のところに言って、どういった経緯で私のところに
来たのかがいよいよ明らかになるのである。はやる気持ちで書類に記入。鉛筆で書けと書いてあるのにボールペンで書いたのはお咎めなしだった。
さらに、受付で言われたのはあまりにも履歴が長いと追加料金で300円かかるとのこと。この時所持金は500円前後だったので(これも問題ありだが)
とりあえずは大丈夫だろうと名前を呼ばれるのを心待ちに待つ。
そして、いよいよ名前が呼ばれ書類を渡された。
予想に反して紙は2枚だった。
1枚は車検証とほとんど同じ書式で型式やら所有者名などが記載されているもの。
そして、2枚目に待望の履歴が掲載されていた。

履歴イメージ
あれ?
昭和62年からですよ?
僕が欲しいのは初年度(昭和50年)からの履歴なんですが・・・・
受付にその旨を伝え(最初にも伝えたけど)もう一度出してもらうように嘆願。
すると年配の方が出てきて、こう説明してくれた。
陸事のコンピュータに登録されているデータは空白期間(廃車してから)が5年経つと自動的に抹消されて
それ以降に登録した日付が最初の日付になる。
つまり昭和50年に登録したうちの車は紆余曲折を経て、昭和62年に一度廃車。
それから、平成7年に再登録をし、京都のオーナーから、京都の旧車ショップ、そのショップの支店から購入した私という記録しか残ってないらしい。
上記の赤文字の部分が本当かどうかは確かめる術はないし、ごねたところでさすがに27年前のデータが残ってるというのもいささか可能性としては低いので教えてくれたおじさんにお礼を述べつつ建物を出た。
初代オーナーとかがわかれば面白かったのになあ、なんて思いつつ、とりあえずかねてよりの計画はだいぶ時間が経って実行された。
雨上がりの後の匂いと湿気を感じながら家に戻った。
戻る