ケンメリレポート'04年3月 
13日
本日もショップへ。
前回来た時と同様、リフトに乗せられたケンメリ。その下周りにはマスキングテープで
スカートが装着されていた。
下回りの錆止め塗装のためである。

プラモデルの影響か(笑)自動車のシャシー部分は黒いのが
自然という考えの元接しているので、あまり違和感は無い。
が、先月や今までのレポートを見ればわかるように
本来出荷当時の状態はシャシー下部はボディ色と同色が正解。
汚れやら錆びなどの経年劣化で黒く思われがちだが。

もちろん出荷当時に戻すという意味での復元作業であれば
ここも白であるべきなのかもしれないが、私はそこまでの予算は
持ち合わせておらず、また錆びなければよいと思うのでこうした上から
錆び止めを塗布する方法を選択した。


エンジンルームである。
ごちゃごちゃついていた余計な配線は綺麗に取りさらって
実にシンプルな状態。
フレーム部分も錆び取りと錆び止めで黒く輝く。

またボディ側のほうでも予算内に応じた処理が施される。


トランク内。
こちらにはエンジンルーム側より移設したニスモのフューエルポンプが
設置されていた。
トランク内のレストアは今回の作業には入っていないので
後ほど自分で挑戦しようかと。


またゴムホースが使われていた燃料パイプだが
日産に在庫がなく、同径の銅パイプを曲げて製作することに。
長いこと使われていなかった元のパイプはエアを通しても反対側の口から
風が出てくる様子は微塵も無かった。

またリヤのショックはワッシャーが余計についているのと、
そもそも表と裏と取りつけ順序が違うとの指摘もいただいた。

次々に現れるケンメリの不良個所。


袋一杯の配線、ホース類の山。
もちろん機能していたものだが、機能せず、または余計についていたものも
少なくない。

以前、ヒュージブルリンクが焼ききれてしまったときに
電装屋さんにお願いしてつけてもらった配線なども全てこの中。

「純正の配線が駄目で増設するのはわかるけど、なんで駄目なのを
そのまま残したりするのか?」

とは社長の言葉。


購入時に脱着して修理されていたはずのラジエーター。
これ自体も底のほうをハンダで溶接した後があり、そこからさらに
水がにじんでるような状態だった。

2層式だったのを3層式にコア変更。


またこの日はさらに重大な事故になり兼ねない個所が発見された。
左フロントのブレーキキャリパーのパッドをとめるピンが脱落していたため、パッドが外れかかっていたのである。
うちのケンメリのフロントはご存知MK63を装着しているのだが、いかんせん縦グロの放置車より搾取したのでピンなどの
部品が錆びで劣化していたことは覚えているが、それらがいつの間に外れてしまい、パッドが今にも取れそうな状況だったのだ。

本当に運がいいね〜」とは社長の言葉。

入庫前は全く気づいていなかった、
・クラッチフルード(液)の枯渇
・ブレーキバキュームホースの劣化による破損
・ショックアブソーバー取りつけ不良
・ブレーキパッド脱落寸前

もし自分が毎日、運行前点検という奴を念入りに、改造した足回りも毎回見て異常無しであることを確認の上
自動車を運行しているのであればこうした部分は未然に発見できるのであろうが、どうしてもそこまで見たりすることは無く
そのまま、現在の車と同様ドアを開け、キーを捻ってそのまま出発してることがほとんどである。
また仮に見たとしても外れている状況を見抜けなければ見ていないのと同じことで、結局最悪の結果は変わらない。

先月分のレポートでも述べたが、悪意ある人間の自作自演の場合こうした要修理個所を発見できないことのほうが多いと思われる。
いじり壊した上に最初から壊れていたなどとユーザーに告げるお店は言語道断。
またその逆でユーザーがいじり壊してお店にクレームをつけるのも筋違いだと思う。

せっかくの趣味で自分は楽しみ、お店はそれで商売しているのであればお互いに信頼関係を保ちつつ
共存共栄できれば言いのだが、悲しいかな昨今のお店も、またユーザーも不心得者の話はたまに耳にする。

そうした個所が今回の入庫で発見できたのはショップのほうで入念に見てくれたおかげだと判断する。
やはり自分は運がいいのかもしれない。

もし頼んだこと意外何もしないお店なら、今回の目的はエンジンの修理なのでそれ以外のブレーキであり、リヤのショックであり
そうした部分はもしかしたら通常見ないのかもしれない。
しかし今回こうしたものが発見されたのはそういった各部分を見てもらったおかげなのである。
こうしたところは私も気づかないし、お願いしたわけでもないので、時と場合によっては全く発見されずに、
後々重大なトラブルを引き起こしかねないのだ。

もし、不良個所がスルーされていたら・・・
エンジンは直って快調に走れるが、高速走行中にギヤチェンジができなくなり、
ブレーキが効かなくなったら―――――

改めて私は運が良いのだと思った。

そして順番待ち状態であったエンジン加工のほうも15日に予約が入れてあるので、20日には納車可能とのこと。
そして、20日の日は前日19日の夜からショップの社長と、おなじみGTXESのSさんと共に名古屋(東京からちょうど往復1000kmほど)
まで慣らし運転に行こうという話になった。
膨らむ期待、もはやあとは組みあがるのを待つばかり。

以前、5気筒病を発症した時には先輩が病に倒れていたこともあってか2ヶ月以上待たねばならなかったが
今回、これだけの大幅な作業にも関わらず(エンジン加工の順番待ちを入れたとしても)1ヶ月半ほどで
ここまできたのだ。
このショップは社長一人で切り盛りし、私以外の車も手がけているのだが、私が入庫した折に置いてあったフェアレディZが
行くたびに
どんがら→エンジン載せ→タイヤ装着→無いと思ったら納車
という具合に同時にできることをやっているのである。
私を含め他のお客からも苦情の声が聞こえないのはその仕事振りが決してゆるくないためである。

まさに、先月に「今日置いて言っていいよ」と言った自信がここにあるのである。

20日の日の試乗を心待ちにしてこの日はお店を後にした。

17日
平日である。私も仕事をしているところへショップから連絡が。
15日に加工が完了しているのでもしや組みあがった連絡か?と思いきやその内容は違った。
今日は風が強すぎてエンジン組上げの際に細かい砂塵が混入する恐れがあるので日を延期して良いかという
連絡だった。
そう言われると是非も無し。もちろん工場内で組んでいるのだが、密閉しているわけでもないので(大概の工場は吹きさらし)
自然には逆らえぬと了承した。

自然、20日の納車には間に合わず慣らし運転も延期となる。
今日も職場で足をアクセルを踏むように動かし納車されるその日を想像しつつ仕事をする。

23日
夜勤明けでショップへ。
ついぞエンジンが組み上がったのである。
お店へつくと、赤い箱スカが置いてあった。聞けば当HPもご覧になってくださっているブルメタケンメリの鈴木さん弟さんの車だとか。
そして箱スカの奥には白いケンメリ、これは当然私の車で、ガレージにはシルバーのケンメリが入庫していた。
こうした並み居る旧車の中に自分の車があるのを見ると改めてこうした世界に足を踏み入れていることをうれしく思う。
すでに車体はリフトから下ろされ開けられたボンネットの中には
新しいエンジンが鎮座していた。
すっかり見違えたエンジンに思わずうっとり。

しかしデスビの新品を発注したものがモノ違いで届いてしまったため
これは中古の同型で仮組みしてあるとのこと。
仮組みとは言えエンジンはもちろんかかる。

「試しに掛けてみなよ」

と社長に言われ恐る恐る久しぶりのケンメリのコックピットへ座る。
リヤに移設されたフューエルポンプの音を背後に聞きながら
燃料が送られたことを確認しキーを捻る。
新たにつけられたリダクションセルが軽く唸ったと思うと
エンジンはあっさり始動した。
チョーク代わりに軽くアクセルに力をこめる。ぐっと重みのある
アクセル。
口元はだらしなく開いていた。


以前のようなわけわからん配線は全て撤去され、あるべきものがあるといったそれはそれは
シンプルなエンジンルームになっていた。
まだ慣らしも終えてない状態のエンジン。空ぶかしもためらわれる。
エアクリーナーを外しファンネルに変更したが吸気音などは以前とそう大差無い。もちろん走行したときはまた違うのだろうが・・・。
デスビも一両日中には到着とのことなのでそれをつけて完成となる。

慣らし運転(納車)は私の仕事の都合などの兼ね合いにより28日と決まった。
28日、と言っても28日の夜に預かり29日早朝に戻ってくるような算段である。

今回に限り、落ちのようなものは見当たらない。
というのもあれが動かない、今度はこれが駄目になったというようなことを回避するべく
全てにおいてプロに任せたのだからメカニカルトラブルは起こり売るはずも無い。
あるとすれば私自身の人為的トラブルだろうか?
ほぼ完成した愛車の姿に上気させつつ、この日は解散。

28日
いよいよこの日がきた。
今までのようにR33でショップに行けないので、贅沢にもSさんに迎えにきていただいた。
ケンメリに乗ってケンメリを取りに行く。もはやご飯3杯どころの話ではない。
日曜日の夕方、やや渋滞気味の幹線道路を走っていく。しかしながら自宅からお店までの所要時間は
出来上がっているであろう期待と喜びにかき消されそう長く感じるものではなかった。
到着した頃には日が既に暗くなっており、お店の明かりがいっそう眩しい。

店にはシルバーの箱スカが。そう言えば慣らしにはお店のほかのお客も来るかも、と聞いていた。
そのオーナーさんと挨拶を交わしつつ自分の車に目をやる。
ぐっと車高の下がったたたずまいに自分の車ながら身震いを覚える。いよいよ完成だ。
いろいろお願いして追加作業が増えたが、あるべきものがあるところにあり、もういつでも走れる雰囲気を十分に出していた。
さらに細かい部分の調整を自分で行い、(小物取り付けなど)最終チェック。

程なくすると箱スカのオーナーの方はお帰りになってしまった、どうやら慣らし運転の同行ではなかったようだ。
そして我々も出発の準備にかかる。
まずはショップの社長がケンメリの運転を行う。
久しぶりに乗るケンメリの助手席。低い視界が車高の下がったことを実感させる。

Sさんと一緒に2台のケンメリでお店を出発し、渋滞を避け下道をしばらく走り上野ICより高速に乗る。
下道での走行でも高速での走行でも今までのような息継ぎや不正燃焼音は聞こえない。
またフロントのショックと前後のサスを交換したせいか、ややカタイ乗り心地ではあるが、以前よりは
しっかりした足取りである。
首都高はやや渋滞しているが、4号線、三鷹料金所を超えた辺りから流れるようになった。
日曜日の夜、周りの交通量はたいしてない。その中を2台のケンメリがのんびりと高速道路を流れていく。
石川PAにて一度休憩。
ここでいよいよ自分がケンメリを運転することに。
もちろん先月までは普通に乗っていた愛車なのだがなんだか別の車に乗るような気持ちも少なくない。
興奮冷め遣らぬ状態でダッツンバケットに身を沈める。
キーを捻ればやはり一発。当然ここまで走ってきたのだから、ということもあるがやはりうれしい。

まずは慣らし。
リミット3000回転――――中央道 PM11:30
タコメーターの30のメモリに針を重ねて走る。ギヤは4速―5速。
これ以上回すことなく回転数を維持したまま走行車線を流す。
時折パスッとかぶる音が聞こえるがこれは回転数が低い状態で走っているためだと説明を受ける。
高速道路を走っていても回転数が低ければ被ってしまうと。慣らしが終われば回転を上げて
蓄積したカーボンを燃焼させることも可能だが今は3千回転を維持したまま走らなければならない。

八王子料金所を超え、街灯がほとんどなくなる。周りに走っている車もほとんどない。
回転数を維持したまま走ることは思ったより難しく、坂道などでも簡単に変化してしまう。
前方を走っているアルテッツァに追いつき、仕方なく追い越す。
しばらく後ろを追従していた形のアルテッツァだが痺れを切らしたのか再び追い越されてしまった。
競争しているわけでもないので回転数を維持した走行は続く。

八王子料金所を超えしばらくすると圏央道との合流予定地点の看板が目に付く。この辺りから上り坂となる。
こちらは相変わらずのんびり走っているのだが、先ほど追い越されたアルテッツァをはじめ、料金所前に追い越していった車が
みんな走行車線を走っていた。回転数を維持して走りたいのでやむなく再び追い越し車線に。
坂道でこんなにあっさり抜けるのはやはりトルクが太くなったせいだと社長が説明してくれた。
もちろん追い越したほかの車も踏み込めばこちらなど眼中にないくらい追い越していけるのだろうが、
のんびり走っても追いついてしまう辺りが恥ずかしながら感動した。

談合坂SAに立ち寄る頃にはだいぶ自分もケンメリに慣れてきた。
しかしSAのアプローチにてギヤダウンに失敗し3千回転のリミットを一時的に越えてしまった。
社長の失笑を買ってしまう俺。
ここで遅い夕食を取る。
自分のケンメリに酔いしれるあまり後ろを走っていたSさんを忘れてしまうほどだった(失礼)
食事をとった後は社長はSさんのケンメリのほうへ移動し、次の休憩場所まで一人で運転することに。

食事中にMTの運転方法で紙コップを倒さずに運転するという方法を聞き早速実行。
ちなみに某漫画の影響ではない。
一速、二速、SAの駐車場から出るのはなんなくクリア。しかし、出口のアプローチへ向かう際に曲がったところ
紙コップは見事に助手席のほうへ飛んでいった。
また今度にしよう。

出口から本線へ入る。3千回転の封印は未だ解かれずそのまま。
前後数百回転位は気にしないでもいいよとのことだったかがなんとなく3千回転ぴったりにして走りたくて
メーターとにらめっこ。この程度の速度と交通状況であればメーターに目をやる余裕はいくらでもある。
ゆっくりと走りつづけて、それでももう次の休憩ポイント双葉SAが近づいてきた。
ここで一度休憩の予定だが気持ち的にはまだまだ走っていたい。しかし自分一人の慣らし運転ではないので
走りたい気持ちを押さえて双葉へ。









































































































2台並んで給油を行うケンメリ。
GSの店員さんも珍しがり自然と会話が弾む。
こうしたコミュニケーションも旧車に乗ってる醍醐味だ。




給油&トイレ休憩の後に再び出発。
ここからは回転数のリミットを500上げて3500回転で走行。
たった500回転なのに先ほどより走りやすい。
そんな驚きを喜びに変換しつつ次のポイントまで延々と走らせる。
駒ケ岳SAに到着し再び休憩。
今回の慣らしでは名古屋まで行き往復1000kmを走る予定だったが、時間的にそれが難しいと判断し
この先の松川ICで折り返すことを決定。

さらにここでプラグとオイルを交換。車高が下がったのでジャッキで上げるにも少し手間がかかる。
といっても交換作業は全部ショップの社長がやったのだが。


組上げる際にある程度のバリを鑢で削ってから組んでもらっているので
目に見える金属片は確認できないが、やはり少しは出ているのであろう。

400kmほど走ってのオイルだがかなり黒く見える。
オイルの銘柄はバーダル。米国製。
「いつまでたっても黒くならないオイルのほうがおかしい」、とは
社長の言。

さらに新たに取りつけた(と言っても本来ついていてしかるべき部品の一つなのだが)エンジンアンダーカバーがうれしい。


ただ見てるだけなのもあれなのでプラグ交換を行う。
プラグレンチを扱うこともままならないへたれっぷりがここで露呈。
力がないのか技術がないのか根性がないのかは皆さんの
ご想像にお任せする。



一通りの作業を終えた後、SAを出発し近くの松川ICでUターン。
深夜のせいか周りに車がいなかったので、料金所を出たところでターンできた。
また高速に戻り、今度は4000回転をリミットとして走り出す。これまた先ほどとは違うフィーリングに再び酔いしれる。
2時半を過ぎた辺りだろうか。周りに車はなく2台のケンメリのみが今度は東京に向かって疾走しているだけだ。
4000まで回せるようになりおのずと速度も上昇。
慌ててギヤを一つ落とし法定速度を超えないようにする。
再びいつまでも走りたいところだが、トイレパニックに陥ることもあるので再び双葉SAへ。
自分が通り越して走ってしまうのではと心配したSさん達は自分を追い越し、双葉へ入るよう指示を出した。
既に読まれているらしい。

双葉で休憩を取ったあとは4500まで回して良いと。徐々に封印が解かれていく。
かつてのエンジンは4000を越えると振動が起こり、思わずアクセルを緩めてしまっていた。
かつて手賀沼でもりきんさんやプラさんに本来の姿を教えてもらったものの板金による長期入庫(5気筒病)とカムへし折れなど
幾多のイベントを経験すると自然とアクセルを踏めなくなっていた。
しかし今度はそういった心配がまるで嘘のように4000以上回しても以前のような不快な振動は全くない。
当初3000をリミットとして走っていたときの被る現象も全くない。
調子よく走っていくうちに気づけば談合坂に。ここで再び給油を行う。
ここでSさんのケンメリが若干不調の色を見せた。
しかし走行にすぐに支障が出るわけでないとのこと。

ここからさらに首都高を抜けて出発したお店のある
埼玉県に戻る。

月曜日の朝、しかも年度末と言うこともありぐずぐずしていると
すぐに渋滞に巻き込まれてしまう。
6号三郷線に乗った時には反対側は既に渋滞していた。
そしてこちらも車の影はかなり増えていた。

朝の渋滞をわき目に駆け抜けるケンメリ2台。


お店に到着した頃には日は昇り始めていた。
一晩中走ったのは久しぶりで、Sさんはだいぶお疲れの様子。
ここでもう一度オイル交換を行う。
そして、降ろしてあったトランクのガラクタを詰め込み、
解散となる。

社長にお礼を述べ、再びケンメリに乗りこみ家路を目指す。

しかし、既に6時半を回り、いつもの道は渋滞の真っ最中だった。




夜なら40分ほどで帰って来れる道のりも朝のラッシュでは3時間を必要とした。
先ほどまで快調に回せていたエンジンは、アイドリングに等しい状態で家までの走行を余儀なくされる。
さすがに低回転の連続でプラグは被ってしまったがその解決方法は既に身に着けてある。
1ヶ月半ぶりの駐車場にケンメリを停め、ボディカバーをかける。

そして今日から再びケンメリとの生活が再スタートした。

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